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ながさきから地域ねこ活動を考える

 長崎市の平和公園で地域猫活動が始まって、2019年12月3日で10周年を迎えます。カレンダー「ながさきの地域ねこ 2019」では、12月3日の欄にそのことを記載するとともに、12月の写真には平和公園での活動開始当初のお世話ねこさんに登場してもらいました。

 個人や数名のグループが自分たちでお金を出して(時には有志を募って)、近所にいるねこたちの不妊化を進める活動自体は、ながさきでもそれ以前からありましたが、「地域ねこ活動」というスキームを意識して、行政や獣医師会、周辺住民・自治会まで巻き込むかたちで活動が進められたのは、ながさきではこれが最初と言ってよいかと思います。その後、行政や獣医師会が地域ねこ的な活動に対して不妊化助成を始めたり、ローカルメディアでも何度か活動が紹介されたり、クチコミやSNSでも「地域ねこ」という存在が意識されるようになって、「地域ねこ(活動)」への社会での認知度自体は、10年前と比べて確実に上がったと言えます。


 「ふーん、で、おれたち外ねこは、今はしあわせにのんびりと暮らせているのかね?」と12月のチャシロねこに問われたとき、胸を張って「そうだよ」と答えられる社会は、残念ながらまだ作ることができていません。たしかに、近年の「ねこブーム」にもあやかる格好で、「ねこ、かわいいね」「ねこが大好きなんです」「ねこは大事にしようよ」ということを気兼ねなく口に出せるようにはなりました。

 けれどもその反面、「のらねこのことは、そういうねこ好きに全部まかせてしまえばいい」という空気が徐々に強まっているように感じられるのです。本来は、ねこに関わるひとりひとりが、(ねこが好きでもそうでなくても)それぞれに自覚と責任を持って、飼いねこにものらねこにも接することで、12月のチャシロねこの言う「しあわせにのんびりと外ねこが暮らせる社会」が実現するはずですが、今の社会はまだそうなっていない。


 旧協議会が最初に不妊化助成を行なった長崎南部M町第1地区の状況がその現実を物語ってくれます。2011年8月に助成を開始、1年足らずでメスねこの不妊化は完了し、2014年には長崎市の助成も使ってオスねこも含めた当初の管理ねこ全頭の不妊化を完了しています。徐々にねこたちは虹の橋へと旅立ち、2018年11月現在で最初にいたねこは最後の1匹になりました。

 ところが、この地区でお世話をしているねこの数は、ずっと15匹前後をうろうろしています。10匹近くまで減ったかと思うと20匹を超えそうになったりします。お世話係さんの自宅には、現場から保護した子ねこたちが何匹もいて、お世話係さんは毎月譲渡会でその子たちの里親さんを探しています。なぜか。原因は、年間10匹を超える数の現場への遺棄と流入(ほとんどは遺棄)です。7年間活動を続けていることで、近隣の住民の方々にもそのことはある程度知られています。そして、子ねこが増えるシーズンになると、現場への子ねこの遺棄が増えるのです。夕方の餌やりも終わって現場が暗くなった頃に、バタンと車のドアが閉まる音がして、まもなく子ねこたちがニャーニャーと鳴く声が響くのです。

 お世話係さんは、ブログで現場と保護ねこの状況を淡々と記録されています。日々のねこたちのお世話はほほえましいものですが、その一方で、「のらねこのことは、ねこ好きにまかせてしまえばいい」という考え方が、地域ねこ活動をどのように歪めているか、ぜひご覧いただければと思います。

 『日々是あらのすけ』http://mogineko.blog.fc2.com/


 2019年カレンダーの5月に登場しているのが、M町の現場の「あらのすけ」です(あらのすけは、2016年9月に12歳で亡くなりました)。堂々とした貫禄のある三毛さんでしたが、彼女からはこんなことを言われている気がします。「ちょっと、あんたたち、いつまでも何をいったいモタモタしてんのよ」、と。

 どうすればあらのすけたちの期待に応えられるのか。すべての人間が、「野生だったノネコをかつて飼い慣らした人間としての責任」を自覚し、それを果たすことができるのか。モヤモヤと考えをめぐらせながら、少しでも前に進みたいと願うのです。

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